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Kohei Ogawa

PR事業部 / 同志社大学出身 / 2013年入社

自分も誰かの人生に影響を「与える」人に

大学4年目に就活をしていた時、一度大きな挫折を経験しました。同志社大学法学部まではエスカレーター式で進学し、大手証券会社や大手銀行を受けて最終面接まで進んだものの、内定には至らなかったんです。時代はリーマンショックの只中で、決して容易い船出ではない現実を目の当たりにしました。その後、自分の志(希望する業界)とは別の道ではあったものの、大手通信会社に入社。営業職として1年目から結果を出し、あっという間に関西一の営業成績をおさめるまでになりました。社会人2年目から役職に就き、一回りも年上の部下をマネジメント。20代ではあまり考えられないような経験を数多く積んできたと思っています。しかしそんな矢先、大手企業のレールに乗っかった上司たちを見ているうちに、将来が見えてしまったような感覚になり転職を希望。当時は自信過剰で、生意気な若造だったのだと思います。そして、転職活動を続けていた中で出会ったのが、代表の本田でした。当時、当社はたった20名程度の規模の小さなベンチャー企業。本田は私のためにわざわざ大阪まで面談に訪れ、私の将来を自分事のように語り出してくれました。明確なビジョンを示した上で、そこに役割を与えてくれたんです。今振り返ると、「自分本位で生きるのはやめにしよう」と思えた、最初のきっかけでもあったような気がします。そんな本田という人間に惚れ、自分も誰かの人生に影響を「与えること」のできる人になろうと決意しました。

「フツウの仕事の一歩先」を走り続けて見えてきた世界

営業・HRの二足の草鞋で走り続け、これまで様々なプロジェクトを与え続けてもらいました。任された仕事は決して断らず、期待に応え続け、その期待を超え続けてきたと自負しています。当時のEnjinを例えるなら、20名規模の小型のボート。そこから人を増やし、成長を続けていこうと思えば、中型船や大型船に乗り換えていかなければいけません。その度に「自分の役割はなんだろう」「この会社に不足している部分はなんだろう」と常に問い続けながら、結果を出すことに注力してきました。その中で気づいた事は、自分自身が「フツウの仕事の一歩先」を走り続ける事ができれば、会社や周囲の仲間たちも「フツウの仕事の一歩先」へ行くことができるということ。人に与えることが、自分の幸福にも繋がっていくのだということです。そして新卒1期生が入社したことが、会社が大きく変革するきっかけになりました。当時、25名の会社に14名の新卒を採用し、私は27歳でマネージャー職に。社員やその親御さんも含め、「この会社に入ってよかったなと思ってもらうこと」を目指し、自分が与え続けようと心を新たにしました。関わる人の成長に貢献することが、私の仕事のモットーでもあるからです。

期待を超え、「成長責任」を果たす

当社は今、大型船に乗り移る準備をしていかなければいけないフェーズに入りました。自分の役割も徐々に変わり、これまでリーダーとして与えてきたことを、次の世代にも引き継いでもらいたいと思っています。だからこそ、新しい事業を創出するとともに、新しいポジションをつくりながら「成長責任」を果たしていくことが私の役目でもあります。そして、若い人たちに夢を見せていかなければいけません。その手段の一つとして、事業があるだけです。自分に対しての期待を超えるだけであれば自分本位に過ぎませんし、自分にとっても相手にとっても期待を超えることが大事。常に相手の期待を超え、与え続ける存在でありたいですね。

Member profile

K.OKohei Ogawa

出身大学
同志社大学
入社年
2013年
部署
PR事業部
役職
部長
出身
大阪